仲間たち

町内交流に復帰

きのうは町内の草刈りと親睦会。
CIMG1255.jpg同じ業者が分譲したこの団地の住宅数は63戸。この団地に来てみんな25年以上になる。
当初は自治会発足のための規約作成など、お手伝いもおおいにしたが、ここ14年ほどは、東京で子ども二人とマンション暮らしをしていたこともあって(平日のみ)、近隣さんとのお付き合いはご無沙汰していた。

CIMG1254.jpgとくに毎年春、秋には公園や用水路際など団地内の共有部分の草刈りがあるが、ずっとカミさん任せにしてきた。
この春の定年で東京のマンションを引き払い、ほぼ終日自宅にいる生活となったので、町内のお付き合いをしなければ、と春の草刈りから復帰、きのうは秋の草刈りと恒例の親睦会に参加した。

みなさん、しばらくお会いしないうちに、すっかり年を召された。
最初、「この人は誰だったっけ」とわからないくらい、風貌が変わっている人も・・・。
もちろん、自分のことは棚に上げての話。

午前中、小1時間、草刈りをして、昼から団地内の公園にビニールシートを敷いて親睦会。
呑むほどに、むかし一緒にソフトボールチームを作っていろいろな大会に参加した頃の昔話や健康、家族などの最近の話、そして「久しぶりだね、小泉サンのようなリーダーが出てきたのは」など、朝の投票所が混んでいた話から、政局の話へと話題は尽きない。

その後4、5人が我が家に流れ、2次会。ピアノやらギター、ウクレレ、津軽三味線を披露するはめに。相手も自分も酔っ払っているので、弾き手がどんなに間違っても、楽器が音が出なくでもすべてご愛嬌。

いざというときは「遠い親戚よりも近くの他人」とか。
長かった近隣付き合いのブランクをどうにか修復して、仲間に復帰させてもらうことができました、という話。

悩める後輩の皆さんへ

会社の最後の数年間は商品開発の仕事をさせてもらいました。

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(写真上:一緒に商品開発をした仲間たちと、2005年2月)

これまでにはなかった「魅力」を開発し、新商品に仕上げて世に出す。メーカーの社員である以上、この商品開発ほど面白い仕事はありません。その代わり、リサーチして「何が新しい魅力なのか」を探し出し、考え抜いて形にまとめのは大変にむずかしい。勝手に「これこそは」と思っても、ユーザーがそっぽを向くこともしばしばあります。迷っていると競合メーカーが似たものを先に出しきます。

さらに、新商品の世間へのデビューの仕方、つまりプロモーションにまで踏み込んで会社のいろいろな部隊を巻き込んでいく仕事はもっとエネルギーが必要です。
lay_img01b.jpgその商品の何が新しい魅力なのか、を的確に説明できるのは開発マンです。営業社員にその魅力をどのように語らせるか、広告媒体にどのように表現するとわかりやすいか、カタログは、ポスターは、コマーシャルは、ショールームの展示方法は・・・、やることは山ほどあります。
(写真右:仲間と一緒に世に送り出したシステムキッチン「クレディア」)


確かなのは、競合他社も「同じようなレベルの人間」が商品作りをしているということです。化け物や神様が新商品を開発しているのではありません。「同じレベル」の人間の間に差が生まれるとしたら、それは①ユーザーの生活を人よりも知っている、②社内含む世の中の新技術を誰よりも知っている、③生産、営業、ルートの顧客のネットワークが広い、④商品に仕上げて世に送り出す技術と情熱にすぐれる、などの違いからでしょう。

メーカーの各部門の中では一番やりがいがあって面白い職場にある後輩の仲間たちには、思う存分、暴れてほしい。
どこに逃げても人生。構いませんが、この程度の仕事のつらさを「楽しまず」して、どこに天国を見出せるのでしょう。「郵政の改革ごときができない(反対する)人たちに何ができる」との小泉さんの論をまねしたくなりますね。

現役時代、発想が柔軟で、形にまとめていくことに優れる多くの仲間と一緒に仕事をすることができました。自分が今日あるのも、すべて仲間のおかげです。いくら感謝してもし足りません。

会社をすでに離れているので、業績云々というよりは、みんなにハッピーになってほしいと心から願っています。家庭に、仕事に、趣味に、友達関係に・・・。苦労は人を磨き、悩みは解決につながるひらめきを生みます。大いに苦労を、悩みを楽しんでください。

後輩を送る

会社の後輩がまたひとり、社を去ることになり、親しい仲間たちの内輪の「送る会」に出てみた。心あたたまる、とてもいい集いだった。

akkoさん・・・、世間はもっともっと広いですよ。世界はさらにでっかいですよ。人生、これからが第2ラウンド。思い切り愉快で充実した日々を送ってください。

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福田さん、逝く

福田さんと会ったのは13年ほど前、東京の下町のスナックだった。
近所の顔なじみがいつも集まるその店では、尊敬と親しみをこめてみんなが「福田先生」と呼んでいた。

書道家であり、画家、詩人でもある福田さんは、若いころはオペラ歌手もめざしたという。
歌うときは詩を大切にし、決して音符だけを追うような歌い方はしなかった。そのフォルテッシモからピアニッシモまでの表現力の豊かさには何度聞いても度肝を抜かれた。

そのスナックには小さなステージがあるが、その上から私に「N君、あんたも一緒に歌えじゃぁ」といつも招いてくれた。福田さんのプロはだしの歌い方はとてもまねできなかったが、それでも「N君、いいぞぉ」と手をたたいてくれた。ほめ上手だった。

制作工房で数人を使う社長だったが、小柄で口の周りにひげを蓄えた容貌は芸術家。新商品のロゴ制作を依頼したことがあるが、20枚近くもいろいろな文字を書いてくれて、「金? どうせ予算なんてないんじゃろう」となかなか請求書を書いてくれなくて困ったこともある。商売がうまいとは言えなかった。

二人で錦糸町の夜を歩いたとき、福田さんは寝ていたホームレスを軽くゆすり、黙って500円玉を汗と垢で黒ずんだ手に握らせた。その動きが実に自然だった。人を見るときの目にはいつも慈愛が満ちていた福田さん。

4、5年前に脳溢血で一度倒れたが、復帰した。特に後遺症も残らないといっていたが、周りのだれもが復帰を喜びながらも「福田先生、声量が落ちたね」と一抹の不安をひそひそと語り合ったものだ。

この春、定年退職した私の「送る会」のひとつに飛び込んできてくれたが、それが福田さんに会った最後となった。
その時、テーブルの上の紙ナプキンを広げ、次の一文を書いてくれた。

  美しい 刻(とき)は 
  寿命と 一緒に 流るる
  大切に
    
            悠海(号)
   N先生

       
興味を持つことは美しきこと。
そのやりたいことをせずに長生きだけをしますか。
それとも、チャレンジしますか。
寿命は、確実に流れていきますよ。

と語りかけてくれた福田さん。号の悠海(ゆかい)そのままに愉快に生きた福田さんが、きのう、逝った。享年70歳。 合掌

理由のない集い

19日(金)、いつもの「理由のない集い」に行ってきた。
会社時代の仲間が中心だが、仕事上のつながりがあるといえばある、ないといえばない、現役時代からそんな連中だった。

他愛もない話をしながら食事をし、2次会はお決まりのカラオケ。半端じゃない騒ぎ方をして、さっとお開き。
なぜ、集まるのかわからないから「理由のない集い」。
不思議な会だが、まとめ役から「召集通知」がメールで届くと、なぜかその日が待ち遠しくなる。

皆さんもこんな集いをひとつや二つは持っていると思いますが、いいですね、仲間って。

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(写真は前々回のもの。3月)
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