ブログを始めて1か月になる。

組織人間のときは、自分の時間といっても、時間の大枠をコントロールしているのは会社であったり、同僚であったり、お客さんであったり、上司であったりで、自分は決められた予定に乗っかることが多かった。退職すると、今度は時間をすべて自分でコントロールしなければならない。組織人間がいきなりフリーの立場に立つときの一番の恐怖は、実は「時間の使い方を自分で決める」ということではないのか。「あんたの時間」なんて誰も関心ないし、ましてやコントロールなんぞしてくれないのだ。

ブログを始めたのは次の3つのねらいからだ。
①記録(日記)代わりにできそう。そのうち、「朝何を食べたっけ?」となるかもしれない。
②毎日の生活の中で何かを発見しようという気持ちを持ち続けるための仕掛けに。書くことは取材すること、取材は発見することだ。
③手や頭を使うのでおそらく「老化防止」にいいだろう。津軽三味線、ウクレレ、ピアノなどと同じ。
④友人、知人、親戚向けの「私は生きてますよ」というメッセージを送る消息情報誌 (就職情報誌ではない) として、など。

実際、1か月やってみて一番よかったのは、②意識して物事をいろいろな面から観察しようとするようになったことだ。散歩していても、花木や川などの自然の変化、買い物に行けば、店内の人の数や動き、商品の面白さ、イベントや旅に行けば目的地への行き帰りの道も興味津々となる。テレビを見ていればニュース番組から料理番組まで、「う~ん、これはいい」と思えることを探すようになった。

egonoki2.jpg夕食のときのカミさんのひとこと「あそこの高橋さんのところの玄関脇にある小さな花をつけた木、エゴの木というのだって。すごい名前だけど、どういう字なのか・・・見るととってもかわいい花だけど」。これだけ聞けば、翌日にはそのお宅の玄関に木を見に行く。確かにかわいらしいので、帰ってネットで調べてみると、「エゴノキ」という名前の木で5月から6月にかけて可憐な花をつける、ということがわかった。万事、こんな観察、取材の日々になりつつある。 (写真はエゴノキ)

④番目の「消息情報誌」の役目は十分果たしてくれている。ずいぶんと多くの人からメールやコメントが届くようになり、大いに勇気付けられている。
①記録になるかどうかは、今後の継続(意思)いかんにかかっている。③老化防止に役立っているかどうかも、もう少し時間をかけて確認しなければならないだろう。
 
「ブログ未経験の方は始めてみませんか」、これが1か月間の結論。なかなかのすぐれものだ、ブログは。