つくばエクスプレス(TX)始発駅周辺

今日はきのうよりも気温が上がって、水戸の最高気温が29.8度。伊奈町あたりも、おそらく30度近くまで上昇していたのではないか。湿度がさほど高くなかったので、何とかしのげたが、これでジトッとする湿気の多い時期だと、グダーッときただろう。

つくばエクスプレス(TX)が8月24日にスタートする。つくばから秋葉原まで約40分で走る。
その始発駅はつくば市の西武、ジャスコやバスターミナルなどがある買い物、アクセスの中心地につくられた。いろいろなところに地下駅の入り口があり、当然だが、まだ封鎖されている。
買い物のビルがそこかしこにできて、ブランド品を扱う店が数多く出店している。大型連休の初日、結構にぎわっていた。電気街一辺倒の秋葉原よりも、つくばのTX始発駅周辺の方が買い物、グルメとも楽しめるかもしれない。だけど、地域の購買力から見て、1年後に生き延びている店がどれだけあるか・・・。

つくば市は国家プロジェクトで建設された人口都市で、大学、短大や公的な研究所、試験所のほか、企業の研究所が計画的な立地のもとで、欧米のラボやシンクタンクのようにずいぶんとゆったりと配置されている。連休中は20前後の研究所が構内や施設をオープンハウスしている。もちろん、ほとんどが無料。
実際に使っている本物の研究所をオープンするわけだから、見方によっては、「見世物としてのイベントハウス」のような愛知万博よりも内容は濃いかもしれない。

つくば宇宙開発センターを以前見学したことがあるが、本物の宇宙飛行士を訓練するところでもあるので、どこから訓練施設でどこから見学のための施設なのかがわからないくらい。小学生、中学生あたりに見せると、「君の将来の夢は?」、「はい、宇宙飛行士です」と答える子どもが多くなるだろう。理科の先生はぜひ、子どもを連れて行ってほしいものだ。

それに引きかえ、わが町・伊奈町はあまり変わらない。こちらにスーパーができれば、これまでのスーパーが店を閉じる。ガソリンスタンドも入れ替わりが激しい。つくばよりも東京に近いが、田んぼに囲まれたまま取り残されていく。ま、30年変わらずのこの田園地帯だけど、本音のところ、悪くはない・・・。来年、隣の谷和原村と合併してつくばみらい市になるが、妙に背伸びしないほうがよいと思うが。

夏近し

今日は気温が27度を超え、2度目の「夏日」。内陸部では30度を超え「真夏日」になったところもある。いよいよ「夏近し」か。ただ、日本は梅雨があるので、本格的な夏までにはあと2か月半ある。
北京に住む娘によれば、27日から30度を超え、28日は32度を記録したとか。
少し前まで、「北京は寒い」といっていた娘が「春を飛ばして、いきなり夏だぁ」と暑がっている。梅雨はないだろうから、このまま北京は夏になるのだろうか。世界は広いが、お隣中国も住んでみなければ、気候ひとつよくわからない。ましてや、他人の建物に石やペットボトルを平気で投げつける若者、それを止めもしない警官、わかり始めたと思っていた中国人がとんとわからなくなってしまった。

3時過ぎからつくばにウォーキングに出かけた。赤塚公園(1周約1キロ)、洞峰公園(1周1.2キロ)を連絡散策路(往復2キロ)がつなぐ4キロちょっとのコースだ。
腰の痛みもほとんどないので、腕を振り大また早足で歩くことができた。ただ、それも競技場で言うと第3コーナーまで。
汗が吹き出す残り1キロで急に空腹感を覚え、力が入らなくなってペースがストンと落ちた。水もとらず、夕方近くに早足で歩いたことで、低血糖状態になったのだろう。テニスをやっていると、昼前に似たような状態になることがある。
何とか完走して時計を見ると、スタートから45分弱かかっている。昔から「1里(約4キロ)1時間」と言われるが、ほぼ同じ距離のこのコースを45分もかけずに歩けたのだから、運動としては、良しとしよう。腰痛をなおすことが目的だから、「記録」より「継続」だ。

帰りにいつものパン屋さんに寄り、ソーセージ入りパン、食パン、ガーリックパン、ぶどう入りのパンを買う。店のサービスコーヒーを飲みながらソーセージ入りパンをふた口ほど食べたら、案の定、低血糖状態は解消し、腹は落ち着いて脱力感が消えた。

津軽三味線、ゲット!

11時ころ、津軽三味線の先生から電話があり、「手配していた品物がきょう届く」とのこと。夕方5時に伺うと、ピカピカの楽器が届いていた。夢にまで見た太棹の津軽三味線である。

師いわく「3本の中から選んだ1本だが、これほどのものはなかなか手に入らない。出会い、縁みたいなもので、ほんとによかった」。
さおの部分に使われている木は紅木というインド産の硬い木で、よく耳にする花梨や黒檀よりも重くて硬い。あまりにも硬いので、仕上げには砥石を使うとか。
その紅木にも目がはっきりしているものと、明かりにかざすとかすかに目が浮かんでくるものがあり、前者は素人が好み、プロはより硬くて狂いの少ない後者を選ぶそうだ。
それと三味線は意外に重い。ギターをハードケースに入れた重量よりももっと重いかもしれない。右足に乗せたときのこの重さが、激しい演奏時にも安定感をもたらしてくれるとか。

三味線は鳴らせば鳴らすほど、いい音が出るようになるそうで、師が弾き初めに低音から高音まで、弱音から強音まで、叩きから爪弾くまで、いろいろな音を出してくれた。
荒馬を調教している趣。どんどん、いい音が出てくる。
師の奥さんも途中から顔を見せ、「この三味線は、いい音を出すねぇ」。

自宅に持って帰り、やってみた。弾くテクニックをまったく知らないので、師と同じ音を出せるわけはないが、左手はギターの要領、右手は師の物まねでやってみると、そこそこの音が出たのはうれしい。
師の指導は12日が初日。持つ姿勢、右手、左手の動きの基本から教えてもらう。
これ1本で量産ピアノなら買えるくらいのお値段だが、60の手習い、なんとかそこそこまでは弾けるようになりたいものだ。

気がかりなことは腰痛と足のしびれだ。20分近く正座して立ち上がろうと思ったら、まったく動けない。約10分かけて、「リハビリ」した。敵は三味線ではなく、「足元」かぁ。

不思議、不思議の定年退職の春

昨日、無事、定年退職。
4月2日生まれだから、同年の人の中では一番早い「定年」かな。
36年勤めた会社とそこで一緒に仕事をした仲間にはほんとに感謝感謝です。
1月ころからいろいろな人やグループが企画してくれた「送る会」は延べ30回近く。ひとつひとつが心暖まるよい会だった。

そして、昨晩は最後の「送別会」。日ごろはお互い、ほとんど口も聞くことのない人たちが集まる会だったけど、最後は、そこかしこで話の輪が広がっていた。
故人とお付き合いがあった人が大勢集まる葬式は、亡くなった人が、残った人に「あとは皆さん、仲良くしてね」、つまり「集い孝行」しているのだそうだけど、「送別会」も似たところがありそう。
それにしても、この数か月間、よくぞ五臓六腑はがんばってくれました。

送別、別れ、激励などの文字が飛び交った数か月だったけど、不思議なくらい悲しさはない。かなり覚悟していた「涙」も流れなかった。妙な気分だ。
おそらく、その後にとくに予定がないと、「別れ」のほうに意識が集中して涙、涙、ということになるのだろうが、やりたいことが結構あるので「早く来い、来い定年の春」の心境が続き、、涙のことは忘れていたのかもしれない。

36年前、大学を卒業するとき、後輩たちがやってくれた送別会で号泣したのを覚えている。社会に出る希望よりも不安の方が大きかったのだろう。飲み屋から寮までの道を仲間に担がれながらとめどなく泣いた。
人間、「これから先」によってずいぶんと感情の持って行き場が変わるのだろう。
これも体験。
不思議、不思議の「定年の春」でした。
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